半歩踏み入れる

▼現実でうまく物が言えない人が、舞台上で、あたかもうまく物が言えるかのように演技をしているのをたまに見る。あたかも〜かのように、というのを否定するつもりは全く無いのだけれど、その人が現実の反動で、舞台上に踏み込んでいるつもりだとすれば、少し注意が必要だ。現実に踏み込めもし無い人が舞台にだけ踏み込めると思い込むのは、舞台を軽視しているとしか思えない。つまり、舞台に踏み込むには、現実に踏め込めないじゃなくって、現実に踏み込まない、といった強い意思がいるんじゃないか。もしくは、現実に踏み込んでみたがどうもしっくり来ない、土足で踏み込もうとしたら現実から蹴飛ばされた、故に舞台上に踏み込んでいる、といった手続きみたいなものが、必要なんじゃないか。

▼現実に半歩踏み込む。というフレーズを昨日思いついた。昨日は、空の駅舎の芝居を見ていた。人によって演技の質感が違う。そのことが気になった。演技的なものを肯定するのか否定するのか。そのことが少しわからなかった。わたしは、土足で大股で我が物顔で舞台を闊歩してくる俳優よりも、現実にも舞台にも踏め込めないという恥じらいを持っている俳優を、まだ信じたい。そんな気持ちになった。