缶詰

▼別に編集者がいるわけでもないが、一人缶詰。集中力はやっぱ2時間なので、今日は朝早くからおきて、久しぶりに溜まっていたビデオを消化しようと頑張った。朝飯も何年かぶりに作った。ビデオは演劇関連です。やっぱ先鋭的な手法、ぐいぐい迫ってくる手法は面白い。ぐいぐい迫りながらも、ふいと引く。その引き具合で観客の想像力の扉がぐいっと広がる。

▼今日の新日曜美術館を見逃して悔しい。『悲しみのキャンバス 石田徹也の世界』。見たかった。気づいた時には、私はスーパーで野菜を選んでいた。誰か録画してませんか?あと、今日NMAOでやっていた現代詩朗読会も滅茶苦茶行きたかった。今日自宅で検索してて気付いた。気づいた時、久しぶりに一人唸った。『吉増剛造関口涼子 対談とポエトリー・リーディング「機(はた)−ともに震える言葉」』。あと、今日の深夜BS演劇は『モーター・サイクル・ドンキホーテ』だった。これは見ます。見逃したモノを羅列して何の意味になる。

▼今週は京都でチェルフィッチュがあって、来週は兵庫でマレビトの会があるのですが、楽しみにしていまして、で、マレビトの会のポストパフォーマンストークチェルフィッチュの岡田氏になるそうで、これまた大層楽しみにしているのです。

▼今日、PCを立ち上げようと思ったら、ついに全く反応しなくなって、怖くて怖くて仕方が無かった。茂木健一郎氏のブログに、「オフ・ザ・キーボード」って話があって、あれに凄く納得していた3時間後ぐらいの話だったから、何か意味深な壊れ方だった。即うちの映像・WEB担当のGYUに電話したら、「バッテリーを外せ」との事。そして外したら直った。PC自体の重量も軽くなった。でもこのバッテリー外している部分から埃とか入ってこないだろうか。心配だ。PC如きに一喜一憂する自分が嫌になる。

▼がちっと立つ前に、ふにゃっと佇む。男性諸君、自分の身体性を自分の陰茎に習い重ね合わせてはどうだろう。屹立する瞬間も、ふにゃりと捻れる瞬間も、ピサの斜塔な瞬間も、エントロピー増大な瞬間も、漏洩問題も、あらゆる位相を体現しているこの棒状のモノ。身体性の事を全く考えない人より、こういう風にでも考えてる人のほうが、何倍も良い。白濁の美学。

▼つまり僕が言いたいのは、自分の美学をちゃんと形容出来るかって事。形容詞は必死に探さないと、中々見つからない。名詞、代名詞、副詞はメディアの影響でごった煮状態。だから自分だけの形容詞を探すべきじゃないだろうか。形容詞を探す前には、動詞を探すべきだし、動詞を探す前には、純然たる間投詞を発するべき。