マスク、グレープフルーツ

▼病院ではマスク着用を義務付けられた。マスクが耳の後ろにかかりにくい。四階だった。多くを今は書かないが、いろんなことを考えた。僕の名前は覚えていたのかどうなのか分からないが、僕の名前を言うと祖母は泣いた。手を目の縁まで持っていって、涙をぬぐおうとするけれど、手が目まで届かないので、能の泣く素振りみたいになっていた。いろいろ話した中でも印象的だったのが、欲しいものはあるかと聞くと「100万円」と祖母は答えた。無いよと答えると「じゃ、50万」という。それも無いと言うと「じゃ30万」。それも無いと言うと「じゃ10万」。それも無いので「5万円でどうですか?」というと祖母は「少ない」と言った。祖母は自分で自分のことを「私は欲深いから」と言った。「そんなことは昔から知っとるわ」と答えると、祖母は笑った。僕のことを心配し、「お前はいま何をやっているんだ」みたいなことも祖母は言った。小1時間ほど話をして、帰るというと「はよいけ」といった。またくることを約束して、病院をあとにした。帰り道、母に頼まれていたじゃがいもとほうれん草を買った。そのとき僕は全然よくわかんないのだけれど、買ってこなくてもいいはずのグレープフルーツをひとつ買ってしまった。誰に買ったわけでもないのだけれど、グレープフルーツをひとつ買った。