▼Patrick Daughtersと言う人をF.M.N.SOUND FACTORYから細馬さんのBLOGへ飛び、fiestの1,2,3,4を今更ながら観て、あこれどこかで、と考えていると、ああアイポッドの人だなと思いだしつつも、アイポッドはやはりi-podと表記した方がいいのだろうと思います。さて、fiestだ。いくつかのPVを観たが、長回しで撮影するものが多く見られた。(あ、ちなみに上記2ブログ(自分で探して)ではfiestの1,2,3,4のセサミストリートver.を紹介していたのだけれども、それが面白くていくつか見ていって、監督だれだろうと思って探り当てたら、Patrick Daughtersに辿り着いた。ってわけですが。)ま、とにかく彼のPVを見ていくと、やっぱりミニマル思考は大事だと思った。ほんのわずかな事がきわめてシアトリカルになり得る。たとえば黒と白しか無かったら、その中で面白い組み合わせを考えていって、序破急なりを作っていくわけで、白白黒でもいいし、白黒灰でもいいわけだ。こういった事は、料理で言う所の「残り物でも上手に仕上げてしまう手さばき」に似ているのかもしれないし、残り物をじっくりと眺める事で、価値の温故知新が起こる。つまり、新しい価値は光の当てる角度とその時代によるだろう、けど真に新しい価値のオリジンはないのかも。といったことです。デジタル化が進んで携帯電話でビールを飲むようなインターフェイスが出てくる中で、こういったアナログ表現に注目が集まるのは当然だけれど、やっぱり注目していい事だと思う、特に舞台芸術表現者としては。モーターが動くこと、光が明滅する事、空想は面白いこと。そして、単純なイメージの巧みな組み合わせによって、空想イメージがいくらでも飛躍していけること。現代舞台芸術とは、人も音も光も全てを等しく扱い、何かを表現しようと試みる。といった言葉を思い出した。確か太田省吾氏の著作か何かにあったと思います。

▼カナダの音楽姫のPVを観ながらそんな事を考えながらも、9月に面白そうな舞台が沢山ある事を考えながら夜更かしをしてしまい困り果てている。というのも、夜更かしして記憶した事は殆ど記憶出来ていなくって、なので記憶した事をメモ帳か何かに残しておかなくてはならないのだ。個人的に記憶すべき事柄の8割以上が、おそらく私のPCの中かグーグルオンライン上にある今日この頃、私は毎日のこの瞬間をどう考えて生きているのか。やはり生の時間で何かを記憶するには、30分以上は真剣にその物事を考える必要があって、何度も何度も再考する事でやっと私のあたまに定着する。そんな気がする。そういった「生の記憶」の方がオンラインの記憶の100倍ぐらい面白いしわくわくする。ナマノジカン、をもっと大事にして生活したい。そのためには、gmail labのemail addictとか使うと凄く面白い。実は今まで自分の信念で逆に使わないようにしていたのだが、実際使ってみると、「一休みしませんか」の文字に甘えてしまう。生産性向上委員会。